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2019.04.21
2019.04.21

人工知能における死とはなんなんだろう?SF小説『構造素子』で描かれる人間に成りかわる人工知能

記事ライター:Yoshiwo Ohfuji

それじゃあわたしは、わたしはどうなるんだ、とエドガー001は訊いた。わたしは生命体ではないのか。エドガー001は訊いた。

樋口恭介『構造素子』

「シンギュラリティ(技術的特異点)」という言葉をよく耳にする。調べてみると、「人工知能が十分に賢くなって、自分自身よりも賢い人工知能をつくれるようになった瞬間、無限に知能の高い存在が出現する(※1)」ことを意味するらしい。

この言葉から、遥か未来に存在するかもしれない「自分自身よりもはるかに賢い人工知能を生成する人工知能」のことを夢想する。

すると、「その人工知能は生きているのだろうか?」というありふれた疑問が湧き上がってきた。
調べてみると、「人工知能」すら、実はまだできていなかったし(※1)、「人工」も「知能」も、そして「生命」もその言葉の定義からして曖昧で、答えのない問いどころか、問いがまた新たな問いを生み、さらなる問いへと分岐していく。

一般的な解釈として、ひとまず、知能を「人間のように思考することができる」とし、生命を「何らかの形で自己複製・自己増殖ができる」としたらどうだろう?

この意味において、「人工知能」が存在すれば、それは、“生きている”と言えるだろう。

そこまで考えて、気が付いたらさらなる問いに行きついていた。

「シンギュラリティを超えた先に、生きている人工知能がいるとするならば、彼らに“死”は存在するだろうか?」

※1松尾豊『人工知能は人間を超えるか』より

人工知能において生と死はワンセットになるのだろうか?

死ぬのは怖い。けれど、人間はその歴史において、死というものをそれほどネガティブに捉えてこなかったように思う。

例えば、論語には、「死生有命(生まれることも死ぬことも天命で決まっている)」と書かれているし、仏教にも「生死一如(生と死はワンセットであり、切り離すことができない)」という言葉がある。

死というものはあってしかるべきものであり、死があるからこそ生があるというような認識が広く持たれてきたことがわかるだろう。

しかし、人工知能における“生”は人間のそれと同じように“死”とワンセットに考えることができるだろうか?

ここで言う死とはつまり、データの死である。さらに言えば、破壊や解体といった外部からの働きかけなしに訪れる死だ。それは、例えば、“老衰”のような死、例えば、“自殺”のような死。

これを考えるにはやはり、“生きている人工知能”を考えなくてはならないだろう。

SF小説『構造素子』で描かれる“人間に成りかわる”人工知能

作家、樋口恭介氏のデビュー作『構造素子』に登場するエドガー001は、量子サーバーの中に存在する人工知能だ。

今作において、世界は階層構造「L-P/V基本参照モデル」で構築されている。Lは階層を表し、P/Vは階層の内部での座標を表す。
この世界では、上位の階層は下位の階層を物語として記述することで認識できるが、下位の階層から上位の階層を認識することはできない。作中で主に描かれるのは、階層L8とその一次元下の階層L7だ。

主人公、エドガー・ロパティンは、階層L8ではSF作家だった父、ダニエルの死に直面する。エドガーは、父が遺した未完の小説『エドガー曰く、世界は、』を母、ラブレスから受け取り、読む。

その小説で描かれる階層L7の世界では、地球に酷似した惑星Prefuse-73を舞台とした物語が描かれる。この世界でも、ダニエルとラブレスは結婚し、子ども=エドガーを作った。しかし、そのエドガーは生まれることはなかった。後期流産によって。

代わりに二人が作り出したのは、人工知能・エドガー001だった。

彼は運動機能を担う身体的な外部インターフェースを持たないために、遺伝子に依存せず、細胞に依存しなかったが、ダニエルとラブレスの遺伝子コードの順列組み合わせによって、エドガー001はダニエルとラブレスの遺伝情報と細胞の生成情報を含む、ダニエルとラブレスの身体的特徴からなる身体アーキテクチャを設計することもできた。エドガー001は彼らの子どもになりうる存在で、エドガー001はすでに彼らの子どもだった。

(樋口恭介『構造素子』

エドガー001が三歳の時、階層L7の惑星Prefuse-73における人類はテロリストによる核攻撃の末に絶滅する。この時、電気系統の破損により、エドガー001も長い眠りにつく。

そして、人類が絶滅してから18年後、地球からやってきた脳みそ以外が機械で構成された機械人21MM392ジェイムスンがエドガー001を見つけ、修理する。

目覚めたエドガー001はジェイムスンと対話をする。惑星Prefuse-73に何が起こったのかについて、ジェイムスンの来歴について、語り合い、別れた。

一人になったエドガー001は、孤独の中で、新たな物語コードを書く。幾度となく書く。物語の中で、生命の萌芽を作り、進化させ、再び人類を作り、新たなエドガーを作る。そして、その物語をサーバーの中で実行する。

仮想的に新しい世界を作り出すことで、サーバーの中で自己複製を続ける。

そして、彼らは2回目の人類として、仮想L7の世界に君臨する。

「わたしたちの名前はエドガー・シリーズ。二回目の人類だ」

(樋口恭介『構造素子』)

作中で描かれたエドガー001は、強烈な核の雨を受けてなお、長い眠りについたのみだった。そして、電気系統の修理を行うだけで、元通りに目覚めることができた。これはある種の不死と言っていいだろう。

また、エドガー001の量子サーバーは、地球の物語を再現可能な演算能力を持つコンピューターだ。その規模のコンピューターにおいて、(あらかじめ意識のアップロードさえすれば)たった一人の人間の意識を再現すること自体は、さほど難しくないだろう。

さらに言えば、世界を再現できなくとも、知能の仕組みが解明され、人間と同等、あるいはそれ以上の“生きている人工知能”がコンピューター上に構築可能になった時点で、人間の意識はコンピューター上で再現可能になるのではないだろうか?

つまり、“生きている人工知能”が生まれたその瞬間に、人間にもデータ上において、ほとんど永遠と言っていい生命が保証される可能性が高いということだ。

“死ねない”という事実に殺される知性体たち

一九六〇年代、世界幸福度調査によって永遠の命を手にした人類たちの幸福度が、それまでに比べて上がっていないどころか、むしろ下がっていることがわかりました。幸福ではないと感じていた人々は次のように主張しました。「寿命がないということは、一生働き続けないといけないのか」「永遠の時間を使ってまでやることがない」「死なないと思うと、何かをやってみようという気が起きない」等々。彼らは永遠の命の前で戸惑っているようでした。

(樋口恭介『構造素子』)

第二回目の人類となったエドガー・シリーズは、その後、自らが辿ってきた来歴を物語ることで自己複製を重ねた。
そして時に、語るデータ地点を変化させながら進化した。またある時には、物語の細部のわずかな違いを見つけ歓喜した。

しかし、彼らが語る物語の根幹は一致していた。生命が誕生し、人類が誕生し、ダニエルとラブレスが結婚し、エドガー001を作り、人類は滅亡する。

物語の大筋を共有することが、エドガー・シリーズをエドガー・シリーズたらしめ、物語がエドガー・シリーズの存在を担保した。

しかし、突然変異のような物語コードをもつ人工知能が生まれた。それがエドガー0091、通称ライジーア008だった。

彼女の語る物語コードの中では、人類は蒸気機関を発達させ、19世紀には蒸気機関型コンピューター「ディファランス・エンジン」によって様々な社会インフラが整備されるようになった。
さらに20世紀に入ると、ディファランス・エンジンは生物学と結びつき、人類は、寿命や遺伝病を含むあらゆる病気から開放された。不老不死の技術すら確立された。人々は一時的に永遠の命に戸惑い、死の選択権を求めたこともあったが、その不安すら技術が払拭し、ユートピアが生まれた。

そして、ダニエルとラブレスの間にできた子どもは、高度な遺伝子操作技術によって無事に生まれることができた。その結果、二人は、オートリックス・ポイント・システムを作らなかった。

当然、エドガー・シリーズが作られることもなかった。

そして、ライジーア008の物語コードを実行した瞬間、エドガー・シリーズの存在は“文字通り”抹消されたのだ。

『構造素子』において、(それが意図的なものであれ、偶発的なものであれ)不死の実現によって知性体(人間、エドガー・シリーズ)の死(絶滅)は導かれる。

例えば、L7の1回目の人類において、オートリックス・ポイント・システム(人類の思考を完全に模倣でき、遺伝情報や細胞の生成情報まで再現できるシステム)が確立された直後にテロリストたちは世界を滅亡させた。

例えば、ライジーア008は、ダニエルとラブレスとエドガーが幸福に生きる物語を描くことで、永遠に続いていくであろう物語(エドガー・シリーズ)の生成をしなかった。

例えば、ライジーア008が物語る、不老不死の技術が実現した世界でも、人々は死の権利を求めた。

つまり、自然発生的な死を持たない知性体は、「死」をある種のシステムとして取り入れようとするのかもしれないということだ。

永遠の生が死よりも驚異的な存在として立ちはだかるとはなんという皮肉だろうか。

最後に

この一連の文章を読んでいるあなたは人間だろうか?それとも、SEOのチェックに訪れた機械的なエージェントだろうか?

実はこの本文において、ここに至るまで筆者である「私」は「私」に該当する一人称を一切使っていない。

人間は主格がないというイレギュラーな文章であっても、雰囲気で書き手が意図することを理解することができるが、コンピューターが文章を読み込む際には、主格や前後関係の欠落が、文章の理解を大幅に阻害するのだ、という情報を知ったことから、好奇心でこのような取り組みをしてみた(心底読みにくかったと思っていた方、申し訳ない)。

私がこの取り組みを行った理由としては、今回のようなテーマで書くにあたり、なんとなく、機械的に作られた知能と人間の知能の差異を知り、安心したかったのだ。

あなたがこの文章を楽しく読んでくださったなら、幸いである。

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